現在、毎月1週間か2週間、10人前後の子ども達が石垣島に来ます。自然と寄り添う生き方を、生活を通して体験する。 そんな取り組みを、去年から放課後デイサービスの方に依頼され、自然農や体験学習の講師としての活動にも力を入れていくようになりました。

 

学校に行ってないその子たちは、世間からは変わった子と呼ばれていたり、病院からは発達障害とか、ADHDとか病名をつけられて薬を処方されたりしています。でも、ここにくる子たちを見ていて気づかされることがあります。彼らは病気どころか、とんでもない特技や才能を持っているんです。

 

ここでは「自由に自分の好きなことにチャレンジしてみて、ダメだったら諦めてもいい、そして大好きなことはとことん何時間でもやっていい」と伝えています。

 

 

自分はその子たちに学校では習えない、生きる力、衣・食・住の作り方を教えているのですが、まだ半年もたっていないのに、この子たちはどんどん運動神経、記憶力、積極性、動体視力、バランス感覚が上がり、今では、たった5時間で鶏小屋を作り、3時間でこぶたの柵を作り、左官職人よりも速く漆喰を塗り、東南アジアの人のように美しい鍋敷やカゴを編み、料理も化学調味料無しの物を食べているせいか、絶対味覚を持っていたりします。

「帰りたい」と 泣いていた子が
「帰りたくない」と 泣き出す日。

そんな子ども達だけど、ここに来てすぐは「騙された」と泣いて抗議します。「遠足だよ」と大人に言われてついて来て、島についた途端「1週間は帰れないよ」と言われるのですから「お母さんに会いたい」とすすり泣く子、環境の違いにとまっどって帰りたがる子、閉じこもる子も出ます。

 

そして、だいたい3日くらい経つと自分から部屋を出てきて、ここでの体験生活、小屋づくりや、家づくり、農作業などにも参加し始めるんです。

 

ここでは、どの大人もべったり甘やかしたりしません。「大人が手伝ってくれたからできたんだ」と子ども達が思わないようにする距離感。「昨日もできたから、明日もまたできる」子ども達が「自分たちでできた」と思える自信に繋がっていく。

 

大人は子ども達がそう思えるように、ただそばでサポートをするだけです。 だけど、放ったらかしもダメで、これがなかなか難しい。大前提として自由は絶対に奪ってはいけない。

 

例えば「今日は家を作ります」となった時に、家を作りたい子は急いで集まってきて、勝手に家づくりを始める。こういう場所に来ると大人は子供たちに是非とも参加させたい。だからつい「ゲームやめろ~」「今からやるぞ~」って言っちゃいがち。でも、子供たちの心が動いていないのなら、それで参加してもダメだと思う。だから何も言わない。だけど、家を作っているみんなが楽しそうだと、ゲームやってた子が、ゲームを置いて勝手に混ざってくる。自分にとってはそっちの方が大事なんです。

 

そうして過ごしている内に、今度は帰る日がやって来る。あんなに「騙された」「帰りたい」と泣いていた子ども達が、今度は「帰りたくない」と言って泣きだすんです。空港で隠れてしまって、飛行機を止めちゃった子までいます。

今まで都会で、物理的には何も不自由なく暮らしていたはずの子ども達。なんでずっとゲームをしているか?なんでずっとスマホを触っているか?その原因の1つが、他に面白いことがないからです。

 

それともう1つ、これは大人にはシビアに聞こえてしまうけど、目の前にいる身近な大人に「なりたい」と思えないから。だから「こうしたらいいよ」って言われても、「何のためにそれをやるのか」「何故なりたいとも思わない大人像に、近づく努力をしないといけないのか」そう思っているんです。「そんなことを子ども達が?」って思うかも知れないけど、ちゃんと子どもは気づいてる。大人に合わせて我慢している。子ども時代は「我慢の時代」だって思ってる。

 

ここに来た子達は、何も強制しないのに、ある日突然、勉強をしたがったり、特技を伸ばすための努力を始めたりする。学校に行ってなかった子が「学校に行きたい」と言い出す。そんな事が頻繁に起こります。

 

生きる事を楽しんでいる大人がそばにいること、やりたい事を否定されないこと、止められないこと。自分が教えているのは自然の中で、衣食住に関する生きる力を教えることだけど、ただそれだけでも、「好きなようにできた経験」は、子ども達にとって大きな人生の変革になるんです。

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